ポーランド出身のチェリスト
マレック・シュバキエヴィッチさんとの交流

マレックさんと子どもたちの交流の様子

(1:Masatoshi Uenaka, 2: FESJ/2016/Mariko Tagashira, 3: FESJ/2016/Chika Ochiai, 4~6:FESJ/2016/Sara Watanabe, 7~9: FESJ/2016/Mihoko Nakagawa)

 「相馬子どもオーケストラ」の代表メンバー17名が、10月29・30日の週末に東京まで遠征、ふたつのイベントでポーランド出身のチェリスト、マレック・シュバキエヴィッチさんと美しい音色を奏でました。 

 マレックさんはチェルノブイリ原発事故の惨状を思春期に目のあたりにした経験から、「福島の子どもたちの力になりたい」と、エル・システマジャパンの活動を様々な形で支援してきてくださっています。2014年11月には「相馬子どもオーケストラ」の本拠地・福島県相馬市を訪れ、子どもたちとも交流。マレックさんと相馬の子どもたちの友情は音楽とともに育まれています。

マレックさんとの「G線上のアリア」

 「相馬子どもオーケストラ」の子どもたちが今回参加したひとつめのイベントは、マレックさんのチェロ・リサイタルでした。マレックさんはショパンの「序奏と華麗なポロネーズOp.31」やシューマンの「幻想小曲集 Op.73」などを演奏後、最後にご自身が編曲されたガーシュウィンの「3つの前奏曲」を披露。会場が盛大な拍手が沸くなか、マレックさんは日本語で「ちょっと待ってね」と客席にフレンドリーに呼びかけると、「相馬子どもオーケストラ」のメンバー17名を連れてステージに再び登場しました。

 子どもたちがアンコールで一緒に演奏させていただいたのは、「G線上のアリア」。この曲を作ったバッハが眠るドイツのトーマス教会で、今年3月に故郷の東北に思いを馳せながら演奏したこともあり、子どもたちにとっては非常に思い入れのある曲です。マレックさんと子どもたちは終始アイコンタクトを交わしながら演奏し、やさしく、美しく、透明感あふれる音を紡ぎました。

  そして、もうひとつはエル・システマジャパンのチャリティ・ガラ。指揮者デビューを果たしたばかりの颯くん(小6)のリードで、こちらでも「G線上のアリア」を演奏しました。支援者の方々が温かく見守るなか、子どもたちはマレックさんの穏やかな笑顔とチェロの音色に呼応するように奏で、ガラの会場はとても和やかな雰囲気に包まれました。

マレック・シュバキエヴィッチ氏と「相馬子どもオーケストラ」の共演による『G線上のアリア』

福島の子どもたちのために

 チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年、今からちょうど30年前のことです。事故発生時、マレックさんは16歳で、現場から640キロほど離れたポーランドの町に住んでいました。チェルノブイリは、現在はウクライナ領ですが、当時はソビエト連邦の国土。パニックを恐れたソビエト連邦政府は事故の発生を公表せず、その結果、地域住民の避難は遅れ、放射線による被害は拡大しました。マレックさんは、暗号化されたラジオのメッセージで事故について知ったそうですが、自分たちの身を守る術はなかったといいます。「ソ連の共産党支配下の暗黒時代のポーランドでの生活と、チェルノブイリの恐怖は音楽なしでは乗り越えられなかった」と当時の辛い体験をふり返ります。

 それから四半世紀、福島で原発事故が起きたとき、日本のようにテクノロジーが発展している国でも惨事が起こりうることに、マレックさんは衝撃を受けました。そして、連日飛びこんでくる被災地のニュースに、福島の人たちがいかに大変な状況にあるかを想像して心を痛めたそうです。今回、マレックさんは2年ぶりに「相馬子どもオーケストラ」に再会しましたが、子どもたちの笑顔を見ると、幸せな気持ちになるとおっしゃいます。チェルノブイリの悲劇を身近に経験してきたマレックさんだからこそ、東日本大震災が子どもたちにとってどれだけ大きな出来事であったかを察し、彼らの笑顔に何か大切なものを見出すのかもしれません。

ガラでのマレックさんと子どもたちの共演(FESJ/2016/Mariko Tagashira)

小さなチェリストへの贈りもの

 「僕は日本語を話さない。君は英語を話さない。でも、音楽を通して対話ができるって素晴らしいことだと思わない?」マレックさんがそう語りかけると、「相馬子どもオーケストラ」のチェロ奏者・里紗さん(小5)は、はにかんだような笑顔を見せました。

 マレックさんと里紗さんが出会ったのは、ちょうど2年前にマレックさんが相馬を初めて訪問したときでした。「相馬子どもオーケストラ」の音楽指導にあたりましたが、里紗さんが体に不釣り合いな大きいチェロを弾いていることに気づきました。当時、ハーフサイズのチェロは1挺しかなく、ジャンケンに負けてしまった里紗さんは他の楽器を勧められましたが、どうしてもチェロをあきらめきれずに、一生懸命、大きなチェロで練習していたのです。

  それを知ったマレックさんは、里紗さんにハーフサイズのチェロを贈ることを約束しました。そして翌年、コンサートの収益金で購入したチェロを里紗さんにプレゼント。しかし、話はそこで終わりません。マレックさんは今回の来日で、なんと4分の3サイズのチェロを里紗さんに贈ったのです。これも里紗さんの成長に配慮したマレックさんの心遣いです。マレックさんは購入時に、いくつものチェロをご自身で弾きくらべ、チェロも弓も納得のいくものを選んでくださいました。そこには、「なるべく長く弾いてもらえるように」との願いが込められています。

  「また応援してくれてうれしい」と里紗さん。マレックさんは、2年ぶりに再会して、里紗さんのチェロの上達に目を見張ったそうです。「自分のパートはきちんと暗譜しているし、がんばっているのがよくわかります」ステージでの共演中、マレックさんが何度となく後方を向いて、里紗さんの奏でるチェロの音に耳を澄ませていたのが印象的でした。

  里紗さんはマレックさんとの面会時には緊張して伝えられなかったのか、面会後に「マレックさんにもらったチェロはいい音がするの」と教えてくれました。そして、「まだまだマレックさんのチェロの音には届かないけれど、マレックさんに会って、もっと練習をがんばろうと思った」と目標を語りました。マレックさんの前では言葉の数は多くない里紗さんですが、まさにマレックさんが「音楽を通して対話ができるって素晴らしいことだと思わない?」と問いかけたように、マレックさんから感じとることはたくさんあったようです。

マレックさんが寄贈してくださったチェロと里紗さん、仁奈さん(FESJ/2016/Mihoko Nakagawa)

マレックさんからのメッセージ

 マレックさんは、里紗さんに贈ったハーフサイズ、それから4分の3サイズのチェロのほかにも、コンサートの収益金や分数サイズのコントラバスの購入費をこれまでに寄付してくださいました。国境や世代を超えた温かい気持ちに感謝するばかりですが、マレックさんは「僕の支援は、まだ始まったばかりです」と静かに話します。とても穏やかな物腰のマレックさんですが、ご自身の辛い経験を相馬の子どもたちへの共感力へと発展させ、さらには子どもたちのポジティブな経験へと導いていくエネルギーと行動力には圧倒されます。相馬の子どもたちは、一流のチェリストから音楽的なインスピレーションを得るだけでなく、その生き方から多くのことを学んでいます。 

 「僕はこれまでの人生をいつも音楽に助けられてきました。相馬の子どもたちも辛いことや厳しい状況に立ち向かうとき、音楽とともに答えを見つけられるように願っています」とマレックさん。大人になっても音楽を忘れずに、みんなで一緒に演奏した経験を糧にしてほしいそうです。今回、マレックさんと東京で共演した「相馬子どもオーケストラ」の代表メンバー17名は、それぞれメッセージを色紙に寄せ書きして、マレックさんにプレゼントしました。「相馬子どもオーケストラ」の子どもたちとは音楽でつながっている気がすると話すマレックさん。子どもたちとの交流と色紙は、大切な宝物だそうです。

(文:仲川美穂子 エル・システマジャパン広報官)